AIエージェントの台頭でSaaS株が大幅に下落しています。
SaaSは構造的な終焉の始まりなのか、それとも買い場なのか。
主要銘柄のバリュエーションは10年来の安値水準に沈む一方、各社は急速にAI戦略を展開中です。
今回の記事では、2026年1月に起きたSaaS株急落の背景を整理し、Microsoft CEOナデラの「ビジネスアプリ崩壊」発言、Anthropic Coworkの衝撃、そしてウォール街の見解を紐解きながら、個人投資家として取るべきポジションを検証します。
1. 2026年1月、SaaS株に何が起きたのか
2026年1月12日、Anthropicが新AIエージェント「Claude Cowork」を発表した瞬間から、SaaS株の売りが加速しました。
Claude Coworkとは何か
Claude Coworkは、Anthropicが開発したデスクトップ向け自律型AIエージェントです。従来のAIアシスタントが「質問に答える」存在だったのに対し、CoworkはユーザーのPC上で実際に作業を実行します。
Coworkの主な機能:
- ファイル操作:ユーザーが指定したフォルダ内のファイルを読み取り、編集、新規作成
- アプリケーション連携:Asana、Notion、PayPal、Jira等のビジネスツールと直接連携
- 自律的なタスク実行:領収書の画像から経費精算スプレッドシートを自動作成、散らばったメモからレポート草稿を生成
- サンドボックス環境:安全な環境でコードやアプリケーションを実行
なぜこれがSaaS株の売りを引き起こしたのか?Coworkは「人間がSaaSアプリを操作する」という前提を根本から覆す可能性があるからです。
例えば、従来は経理担当者がExcelやQuickBooksを開いて経費を入力していました。Coworkがあれば、AIが領収書を読み取り、自動で表計算ソフトに入力し、レポートまで作成します。人間がアプリを「使う」必要がなくなる—これがSaaSのシートベース課金モデルを直撃するのではないかと懸念が広がっています。
またVentureBeatは「Microsoft Copilotと生産性ツール市場で直接競合」と分析し、Fortuneは「数十のスタートアップを脅かす可能性」と報じました。※1
そして注目すべきは開発スピードです。
Claude Code責任者のBoris Cherny氏はFortuneに対し、Cowork(研究プレビュー版)をClaude Codeを活用して約1週間半で開発したと述べている。
現在はApple Silicon搭載Mac向けの「リサーチプレビュー」段階ですが、Anthropic自身も「破壊的操作の可能性」や「プロンプトインジェクション」等のリスクに言及しており、まだ発展途上のツールです。しかし市場は、この方向性が示すSaaSの未来に強く反応しています。
主要銘柄の下落状況
銘柄 | ティッカー | 52週高値からの下落率 | 2026年YTD |
|---|---|---|---|
Salesforce | CRM | -37% | -19%〜-22% |
Adobe | ADBE | -35% | -8.8%〜-15% |
ServiceNow | NOW | -44% | 大幅下落 |
Intuit | INTU | 52週安値更新中 | -16%(週間) |
HubSpot | HUBS | — | -20%超 |
Atlassian | TEAM | — | -20%超 |
iShares Expanded Tech-Software Sector ETF(IGV)は-7.51%と苦戦し、過去6ヶ月で42億ドル以上の資金流出が発生しました。

特筆すべきは、ServiceNowが好決算(売上35.7億ドル、利益+26%)を発表したにもかかわらず、AI懸念から52週安値を更新したことです。「ファンダメンタルズ無視の売り」がセクター全体を覆っている状況と言えます。
ウォール街は二分している
弱気派:「存続的競争」の始まり
Goldman Sachsは2026年1月13日にSaaSセクターのカバレッジを開始し、AdobeとDatadogに「売り」の投資判断を付けました。同社アナリストのGabriela Borgesは2026年を「デフレ的アーキテクチャの年」と呼び、低コストベンダーやオープンソース代替品の台頭に警鐘を鳴らしています。 ※1
RBC Capital Markets は「AIは一部のソフトウェア企業にとって、存続をかけた競争を意味する」と警告しています。※2
また、Melius ResearchのBen Reitzes氏は「AIがソフトウェアを食い尽くしている」と表現。
多くのSaaS企業がAIやエージェント技術への対応で出遅れ、従来のシート課金モデルに固執した結果、イノベーターのジレンマに陥っていると指摘しました。※3
強気派:「10年に一度の買い場」
一方、KeyBanc Capital Marketsは「SaaSグループはファンダメンタルズが示唆する価値に対して30-40%ディスカウントで取引されている」と分析しています。※4
D.A. DavidsonのGil Luria氏は「今回の下落は絶好の買い場をもたらした」と述べています。※5
Morgan Stanley は2026年1月22日のレポートで、「AIがSaaS企業に与える脅威は、当初懸念されていたほど深刻ではないことを示す証拠が増えている」との見解を示し、セクター全体の見通しを引き上げました。※6
Seeking AlphaのJulian Lin氏は「Salesforceは2026年トップピック、SaaSの死は誇張されている」と主張する。※7
※1 観測可能性展望2026:ゴールドマンとモルガン・スタンレー、Datadogの将来を巡る対立
※2 Bubbles and boring bets: What’s coming for tech stocks in 2026 - InvestmentNews
※3 Software stocks face 'Innovator's Dilemma' as they plunge on AI fears
※4 Bubbles and boring bets: What’s coming for tech stocks in 2026 - InvestmentNews
※5 Software stocks face 'Innovator's Dilemma' as they plunge on AI fears
※6 モルガン・スタンレーは、2026年のAI懸念緩和の中でZeta Global(ZETA)を選択的に機会主義的であると見ています
※7 Salesforce: Top Pick For 2026, The Death Of SaaS Has Been Overstated (NYSE:CRM) | Seeking Alpha
「勝ち組」と「負け組」—二極化が鮮明に
その中でもSaaS株は、AI対応の成否によって明暗がくっきりと分かれました。
AIをビジネスの中核に据えた企業は株価が好調な一方、従来型のモデルから転換が遅れている企業は株価の下落に見舞われています。
AI統合に成功した企業(2025年実績)
銘柄 | 2025年YTD | 2026年YTD | 強みの源泉 | |
|---|---|---|---|---|
Palantir (PLTR) | +142% | -11.18% | 創業時からAIを中核に据え、政府・民間の両市場で展開 | |
Cloudflare (NET) | +80% | -13.61% | エッジコンピューティングとAI推論インフラを提供 | |
MongoDB (MDB) | +70% | -17.54% | AIワークロードに最適化されたデータ基盤 | |
CrowdStrike (CRWD) | +51% | -10.03% | Charlotte AIによるセキュリティ対応の自動化 | |
Snowflake (SNOW) | +47%〜60% | -21.02% | Cortex AIとData Cloudによるデータ活用基盤 |
Palantirの時価総額は4,000億ドルを突破し、SalesforceとAdobeの合計を上回りました。 米国の民間部門は前年比121%の成長を記録し、米国陸軍との10年間100億ドル規模の契約も獲得しています。
AI対応が遅れた企業(2025年実績)
銘柄 | 2025年YTD | 2026年YTD | 課題 |
|---|---|---|---|
HubSpot | -51% | -38.91% | AI収益化の実績を示せず、中小企業顧客がAI代替のリスクに最もさらされている |
Monday.com | -36% | -23.54% | 従来型SaaSモデルからの転換が進んでいない |
Atlassian | -34% | -35.24% | AI機能を追加したものの、ビジネスモデルの変革には至っていない |
この現象はSaaStrによるとGreat B2B Bifurcationと呼称しています。
※1 特に重要なのは、単にAI機能を追加するだけでは不十分だということです。AIをコアビジネスモデルに組み込み、その収益化を証明できるかどうかが、勝敗を分ける違いとなっています。
構造変化の中のSaaS株とどう向き合うか
「SaaSの死」は本当なのか
結論から言えば、「SaaSの死」は誇張された表現だと思います。
なぜなら、ソフトウェアの本質的価値—「業務プロセスを効率化し、データを管理し、コラボレーションを促進する」—は変わらないからです。変わるのは、その価値を提供する「方法」です。
確かにAIエージェントは、人間が直接アプリを操作する機会を減らすでしょう。
しかし重要なのは、エージェントが「何と連携して作業を実行するか」です。
CoworkがAsanaやNotionと連携している事実が示すように、AIエージェントはSaaSを破壊するのではなく、SaaSを「使う主体」が人間からAIに移行するだけかもしれません。
一方で株式市場の主役はAIに移行しており、2026年もこの傾向が続く可能性は高そうです。
SaaS企業側も、従来の課金モデルから、APIコール数・データ量・AIエージェント利用などを軸にした新しい課金体系へと転換を迫られています。
この環境下では、AI時代にも生き残れるSaaS企業を見極める目線——「AIを組み込み、収益化を証明できるか」——が、これまで以上に重要になるでしょう。