本記事は前編の続き(後編)です。

前編では、Anthropicが2026年5月5日に公開した金融AIエージェントのうち、コアプラグインである financial-analysis を使って、NVIDIAの理論株価をDCFで出す手順を紹介しました。あれは言ってみれば「銘柄を買う前の一次判断」の話です。

ですが、株式投資の本当の作業量は買った後にあります。四半期ごとの決算をチェックし、当初の投資仮説がまだ生きているかを確認し、次に株価を動かしそうなイベントを把握する──この地味で時間のかかる継続作業こそ、AIエージェントが効いてくる領域です。

後編では、前編で扱わなかった equity-research プラグインと、3つのAgent(Earnings Reviewer / Market Researcher / Model Builder)を取り上げます。

まず整理 ― 「Agent」と「Vertical プラグイン」は別物

本題に入る前に、前編で「4つのプラグイン」とまとめて呼んでいたものを、正確に整理しておきます。実はAnthropicが公開したものには、2つの異なるカテゴリが混在しています。

  • Vertical プラグイン:スキルとスラッシュコマンドの束。前編の financial-analysis と、後編で扱う equity-research がこれにあたります。/dcf/thesis のように、コマンドを打って使います。
  • Agent:一連の作業を最初から最後まで自動でこなすエージェント。発表で言われた「10種類」はこちらを指します。Earnings Reviewer、Market Researcher、Model Builder などが含まれます。

そして個人投資家にとって最も重要な違いがこれです。

Agentは、FactSetやS&P Capital IQといった機関投資家向けの有料データ端末に接続して動く前提で設計されています(公式リポジトリ上、Earnings Reviewerが使うツールはFactSetとDaloopa、Market ResearcherはCapital IQとFactSetに固定されています)。これらは個人ではまず契約できない代物です。一方、Vertical プラグインのコマンドは、無料のSEC EDGARや手元のファイル、Web検索でも回せます。

整理すると、AgentとVerticalコマンドは「同じ作業の、機関版と個人版」という関係になっています。

やりたいこと

個人版(Verticalコマンド)

機関版(Agent)

決算を分析する

/earnings

Earnings Reviewer

セクター・テーマを調べる

/sector(+/comps/screen)

Market Researcher

DCF等のモデルを組む

/dcf /lbo(前編)

Model Builder

投資仮説を追う

/thesis

(対応するAgentなし)

カタリストを管理する

/catalysts

(対応するAgentなし)

つまり個人投資家は、基本的に左側のコマンドを使えばよく、右側のAgentは「同じことを有料データで全自動化したプロ版」と理解しておけば十分です。以下、左側を中心に見ていきます。

なお equity-research をまだ入れていない場合は、前編で紹介したマーケットプレイス経由で追加しておいてください。
Claude Codeなら: claude plugin install equity-research@claude-for-financial-services)。

長期投資家の本命 ― /thesis と /catalysts

後編で個人投資家に最も使ってほしいのが、equity-research プラグインの /thesis(投資仮説トラッカー)です。

前編の最後でも触れましたが、/thesis は「なぜこの銘柄を買ったのか」を構造化して登録し、決算のたびに「当初の想定と現実がどれだけズレているか」を客観的に採点してくれます。

特徴的なのは、仮説が「反証可能(falsifiable)」であることを要求してくる点です。「何が起きても揺るがない仮説は仮説ではない」という考え方で、買った理由(ピラー)と同じくらい、それを崩しうるリスクと損切りトリガーを最初に明文化させられます。これは個人投資家が一番おろそかにしがちな部分です。

プロンプト例:

/thesis NVDA

このティッカーの投資仮説を新規作成してください。
ポジション:ロング
コア仮説:データセンター向けGPUの需要拡大とCUDAエコシステムによる
     高い参入障壁を背景に、今後3年でEPSが年率25%成長する
主要ピラー:
 - データセンター部門の売上成長
 - 推論(インファレンス)需要の本格的な立ち上がり
 - ソフトウェア・ネットワーキングへの事業多角化
主要リスク:
 - カスタムASIC(顧客の自社設計チップ)への流出
 - 対中輸出規制の強化
 - データセンター投資サイクルの反転
目標株価とそのロジック、損切りトリガーも設定してください。


結果:

※生成されたWordファイルの一部抜粋

内容として、バリューエーション評価や想定シナリオ、イベントカレンダー、損切ポイントなどを網羅的に反映しています。

また、一度登録すると、仮説はファイルとして保存されます。次の四半期に新しい決算が出たら、同じコマンドで新しいデータポイントを追加するだけ。

「成長率30%を見込んで買ったのに実績は25%だった」といった乖離を、感情を挟まずに突きつけてくれる──ここが /thesis の本質です。「なんとなく持ち続けている」状態から、検証可能な仮説で持っている状態へ切り替えられます。

セットで便利なのが /catalysts(カタリストカレンダー)です。保有銘柄群について、決算日・FOMC・主要カンファレンス・規制決定・製品発表といった「株価を動かしうるイベント」を時系列で並べてくれます。

プロンプト例:

/catalysts 今後3ヶ月

以下の保有銘柄について、今後1ヶ月のカタリストカレンダーを作成してください:
NVDA, TSM, GOOGL, AVGO
決算日、FOMC、主要カンファレンス、規制決定を含めてください。
各イベントに想定インパクト(高/中/低)も付けてください。


結果:

※生成されたExcelファイルの一部抜粋

「来週どの銘柄が決算か」「FOMCはいつか」を毎回手で調べる手間がなくなり、イベント前にポジションを点検する習慣が自然と身につきます。

決算シーズン ― /earnings と Earnings Reviewer

決算シーズンに入ると、equity-research の /earnings が主役になります。

決算プレスリリース、10-Q、決算電話会議の文字起こしを渡すと、コンセンサス予想に対するbeat/missを定量化し、セグメント別の分析、ガイダンスの変化、投資仮説への影響までを、8〜12ページのレポート(Word形式)にまとめてくれます。

※ beat/miss とは:実績がアナリストのコンセンサス予想を上回ったか(beat)/下回ったか(miss)。米国株では決算後の株価がこのbeat/missとガイダンスでほぼ決まります。

プロンプト例:

/earnings NVDA 直近四半期

アップロードした10-Qと決算電話会議の文字起こしをもとに、
四半期決算アップデートレポートを作成してください。
- 売上・EPSのコンセンサス比beat/miss
- セグメント別・地域別の内訳
- ガイダンスの変化(引き上げ/据え置き/引き下げ)
- 投資仮説への影響(ポジティブ/ネガティブ/中立)
出典(EDGARや決算資料へのリンク)も明記してください。


結果:

※生成されたWordファイルの一部抜粋

このプロ版にあたるのが Earnings Reviewer(Agent) です。ティッカーと四半期を渡すだけで、①カバレッジモデルの更新 ②決算ノートの草案 ③差異テーブル(実績 vs コンセンサス vs 従来予想)の3点を自動生成します。設計上のこだわりとして、電話会議は要約ではなく全文を読み、「経営陣がはぐらかした質問」まで拾うようになっています。

ただし前述の通り、Earnings Reviewer はFactSet/Daloopaへの接続が前提です。個人がコンセンサス予想の自動取得まで含めて再現するのは難しいので、現実的には /earnings コマンドに、SEC EDGARの10-Qと、IRサイトや書き起こしサービスで拾った電話会議テキストを手で渡す形になります。

セクター調査とモデル構築 ― Market Researcher / Model Builder

残り2つは個人投資家にとっての出番はやや限定的ですが、押さえておきます。

Market Researcher(Agent) は、「電力AIインフラに投資したい」のようなテーマから、業界概観・競争環境・ピア比較・注目3〜5銘柄のショートリストを作ります。マクロのテーマから個別銘柄に落とし込みたいときに有用です。個人版は equity-research の /sector(業界概観)に、financial-analysis の /comps(類似企業比較)と equity-research の /screen(スクリーニング)を組み合わせれば、ほぼ同じ流れを再現できます。

Model Builder(Agent) は、ティッカーとモデル種別を渡すと、DCF・LBO・3表モデル・コンプスのフルリンクのExcelをゼロから組み上げます。勘の良い方は気づいたと思いますが、これは前編で /dcf を使って手動でやったNVIDIAのDCF分析を、丸ごと全自動化したものです。前編では割引率や永久成長率の前提を一つずつプロンプトで指定しましたが、Model Builderはそこも込みでワークブックを生成します。

ただしこれもCapital IQ/Daloopa接続が前提なので、個人は financial-analysis の /dcf/lbo コマンドにSEC EDGARの10-Kを渡す前編の方式が基本です。

個人投資家の現実 ― 有料コネクタの壁と、無料で回す方法

ここまで繰り返してきた通り、後編のAgentたちは「機関投資家のデータ環境ありき」で設計されています。FactSet、S&P Capital IQ、Daloopa、PitchBook──これらは個人が契約するものではありません。

ではAgentは個人には無価値かというと、そうではありません。Coworkでは、コネクタがなくてもファイルのアップロードとWeb検索でかなりの部分を代替できます。ただ、自動化の真価(コンセンサス予想の自動取得、コンプスの一括スプレッド、複数銘柄への一斉展開)は有料データがあって初めて効くので、個人投資家は無理にAgentを使おうとせず、equity-research と financial-analysis のスラッシュコマンドを中心に組み立てるのが現実的です。

なお前編でも触れた使用量の話ですが、決算電話会議の全文読み込みやレポート生成はトークンを大きく消費します。複数銘柄を決算シーズンに回すなら、Proプランの5時間制限ではすぐ頭打ちになるので、Max 5xプラン以上が現実的でしょう。

まとめ

前編の financial-analysis が「買う前の一次判断」だったのに対し、後編の equity-research は「買った後に追い続ける」フェーズの道具です。特に /thesis/catalysts は、個人投資家が一番おろそかにしがちな「投資仮説の定点観測」と「イベント管理」を仕組み化してくれます。

Agentは華やかに見えますが、その多くは機関投資家のデータ端末を前提にしています。個人投資家はそこを追いかけるより、無料のSEC EDGARと組み合わせて回せるスラッシュコマンドを使い倒すほうが、はるかに費用対効果が高いはずです。

まずは保有銘柄を一つ選んで /thesis で仮説を登録し、次の決算で /earnings をかけてみてください。「なんとなく持っている」銘柄が、検証可能な仮説に変わる感覚がつかめると思います。

関連リンク


免責事項:本記事はツール紹介を目的とした情報提供であり、特定銘柄の投資推奨ではありません。記事中の銘柄名(NVIDIA等)はあくまで操作例であり、推奨を意味しません。なお、Anthropicの金融エージェントは公式リポジトリ上で「投資・法務・税務・会計上の助言を構成しない」と明記されており、その出力はすべて専門家のレビューを前提としたドラフトです。最終的な投資判断はご自身の責任でお願いします。価格・プラン・仕様情報は2026年6月時点のものであり、変更される可能性があります。